古山浩一の似顔絵は人の顔の特長をその性格まで見えるように引き出して描くことで、江戸で言えば北斎、パリを思えばドーミエを想起させる。よき時代には、画というものは人々の関心をたちどころに誘う親しみあるものであった。
今日では、このような率直な画技をもつ人は、芸術・美術・アートというあいまい難解にして身勝手な用語にかくされてしまいがちで、明解な画技を持っている画家は、己の興味ひく境地にひたすら忍耐強く専念するしかないようだ。
棟方志功が唯一の学歴として誇った青森市長嶋尋常小学校の後輩であることを喜んで語る彼の純朴さを私は快く思ってつきあってきた。誤解を生じないように補足しておくが、彼は筑波大学大学院を出てしばらくは高等学校教員をしていた。彼の出現をよろこんでいた私は、彼の印象速写の似顔絵とは異なり、心象筆者の妙技をもつ女性が出てきたことに目をみはり、その画技に興味をもった。
その人は、「六月の風」にもはや何度か執筆している「獣医作家たま」さんだ。
ウナックサロンにはしばしば奇妙な登場のしかたをする人がある。たまさんも初めて来た日どんな様子であったかは、覚えていない。
はじめて会った日、私と話している間、彼女はじっと私を見つめ、私と応答しながら、休みなくボールペンを走らせていた、そして話し終えると、書き終えたらしい紙片を私の前にさしだした。
はじめて出会い、はじめて聞いた私の声、その印象を書きとめていたのだという。
文字ではなく、とめどなくつらなっている描線がそこにはあり、それははじめも終わりも、それとわかるようにあるものではなかった。
彼女のそのように書く姿勢は、とても不思議に思えた。そして、さらに不思議なことに、オートマティックな連続に同じ形が描かれることはなかった。
これは何だろうか?
一体これは画といえるのだろうか。
彼女は大学を出て六年程獣医をやっていたが、患者(獣医である彼女は犬や猫をこのようによぶ)が死ぬと飼い主を慰めるために、患者の似顔を描いてさし上げたという。
ところがそれを貰った人があまりによろこぶので、こんなに自分の画が人を喜ばすなら、自分にとってもうれしくない患者の死という体験を経ることなく、画だけ描いていられたらどんなによいだろうか、と思い、獣医をやめて画家になろうと思ったという。
つきあいはじめてから彼女を観察していると、この人は無類に好奇心がつよく、それは心象の即写に限らず、文章も生き生きと書けるし、未体験のことにぶつかってゆく姿勢もつよく、たとえば旅行ガイドブックの取材記者として、 限られた時間内で未知の地域に出かけてゆく勇気もある。自費でなく海外旅行をするのにそれは有難いことなのだという。
言葉はそのつど現地入りした時に、現場で理解してゆくのだという。人の日常行動は互いに知れているものなので、その範囲で人の行為を見ていれば、言葉はおのずとつかめるという。獣医画家ではなく「獣医作家たま」と名のるのはそこから来ている。
察するところ、つねに対象を、獣医として解剖するように見つめてきた彼女は、あらゆる体験をそのつど新鮮に自身の理解のうちにとりこめるのだろう。
そのような好奇心のあらわれとしての”心象即写”、これは具象とか抽象とか、旧来の絵画にあった表現法とはかかわりない、オートマティズムの新しい美術か、と私は興味が湧いてきた。
そこで、個展をやりたいという彼女に、ウナックサロンを提供するから、壁面はもちろん、天井から床一面全体を、即興即写の線で埋めることは出来るかと言ったら、やってみたいという。
かくて、2013年のはじめである巳年の新春、ウナックサロンは「獣医作家たまの部屋」となり、あなた方の訪れる日を待つことになった。
私はこの新しい体験に古山もさそい、希望する人があれば、古山が肖像を描き、同時に、古山さんと並んでたまさんが、あなたの心象を即写する、ということをやってみたいと思うようになった。謝礼は、お二人で一万円ということにしてもらおう。
このようなひととときの、これまでにない美術体験遊びに興じることに興味がある人は、是非お二人の奇才発揮のタネとしてモデルになるようおすすめしたい。
by Masaomi Unagami / 海上雅臣 (Art critic)